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齋藤孝氏大絶賛!【読書】祖国とは国語 – 藤原 正彦 –

time 2016/01/17

齋藤孝氏大絶賛!【読書】祖国とは国語 – 藤原 正彦 –

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概要

国家の根幹は、国語教育にかかっている。国語は、論理を育み、情緒を培い、すべての知的活動・教養の支えとなる読書する力を生む。国際派の数学者だからこそ見えてくる国語の重要性。全身全霊で提出する血涙の国家論的教育論「国語教育絶対論」他、ユーモラスな藤原家の知的な風景を軽快に描く「いじわるにも程がある」、出生地満州への老母との感動的な旅を描く「満州再訪記」を収録。

(Amazonより引用)

ポイント

国語教育絶対論

教育を立て直すこと以外に、この国を立て直すことは無理である。
(中略)
問題は我が国の劣化しきった体質を念頭に、いかに教育を根幹から改善するかである。そのため、具体的に何から手をつけたらよいのか、ということである。私には小学校における国語こそが本質中の本質と思える。国家の浮沈は小学校の国語にかかっていると思えるのである。

国語の中心はあくまで「読み」にある。この力をつけ、充分な量の読書さえしていれば、聞いたり話したりは自然にできるようになる。
国語教育の中においても、「読む」「書く」「話す」「聞く」は平等ではない。
あえて重みをつければ、この順に、二十対五対一対一くらいだろう。寺子屋には「読む」と「書く」しかなかったが当然である。本質を見抜いていたと言えよう。

英語第二公用語論に

英語君臨の不当についてはすでにフランスなどでも反発が起きており、早晩改められると見た方がよい。
いずれにせよ十年もしないうちに、安価で高性能な翻訳ソフトによりほとんどの情報交換は母国語で用をすませられる時代がくる。

パトリオティズム

英語で愛国心にあたるものに、ナショナリズムとパトリオティズムがあるが、二つはまったく異なる。
ナショナリズムとは通常、他国を押しのけてでも自国の国益を追求する姿勢である。
私はこれを国益主義と表現する。

パトリオティズムの方は、祖国の文化、伝統、歴史、自然などに誇りを持ち、またそれらをこよなく愛する精神である。
私はこれを祖国愛と表現する。
家族愛、郷土愛の延長にあるものである。

感想

素晴らしい本だった。

齋藤孝氏も絶賛!のお墨付き。
(巻末の解説も齋藤孝氏)

世間では早期英語教育の重要性が叫ばれている。
東京五輪開催も決まり、ますますその声は高まってきていると感じる。

しかし本当にそんな小さい頃から英語教育が必要なのか?

そういう疑問は持っていたが、小学校でも英語が必須科目になるとか言ってるし、英語ができる人の方が就職率や年収が高いらしい。
東京五輪も決まりこれからはさらにグローバル化も進むだろう。

だから、自分の子にも早くから英語を勉強させようと思っていた。
だけど、本書を読んで考えが変わった。

まずは母国語(日本語)でしっかりと自分の意見を言える人間に育てたい。

そう思った。

でもそうは言っても、恐らく政府は早期英語教育に力を入れていくだろうし、学校や大手企業においても英語の評価の重要度も増していくだろう。

なかななか難しい問題である。

本当に齋藤孝氏が言うようにこの人が文部科学大臣になってくれて、国家レベルで国語に力を入れてくれればいいのだけど。

本書を読んだときに「見つけた!」と思った。
探し求めていたのはこの人だ、と。

この人の文章は、齋藤孝氏が解説で”内田百閒を思い起こさせる知的ユーモアのあふれた名エッセイ”と述べられているように教養とユーモアのバランスが絶妙なのだ。

そういう人をずっと探していた。
内田百閒は何度か読んだが、正直今の自分にはちょっと厳しい。

しばらくは藤原正彦氏の本を集中して読もう。

日本の文部科学大臣が誰になるかはさておき、我が家の文部科学大臣にならわたしはなれるのだ。
いや、ならなければならない。
その時にしっかり母国語を教えられるようにまずは自分がちゃんと学んでおかないと。

<再読レベル>
★★★★★

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kj

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読書,マラソン,サッカー,音楽を愛する2児のパパです

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